とりのうた

listening and writing the song of the "bird"

第3章 君の好きだった歌(3)

  根源的偶有性に心が開かれてしまった者にとって、この世界のあらゆる構造物は、虚構に過ぎないと映るだろう。なぜなら、その構造物には必然性など実はなく、ただたまたまそうなっているだけであることに、虚しくも気づいてしまったのだから。そして何より、その構造物の必然性への信頼や執着が実に儚く愚昧に満ちたものであることにも気づいてしまったのだから。フランチェスコの父親ピエトロが、だからどんなに高価な商品や金銀財宝を彼の前に並べても、フランチェスコにとってそれは虚構以外の何物でもない。そんな虚構を再生産し続ける父ピエトロの商売の陰で下働きの貧民たちが苦しみ喘いでいる。彼らと自分との間に一体どのような違いがあるというのだろうか。フランチェスコの心にはこうして、欺瞞だらけの虚構への憤りが鬱積していく。フランチェスコは終に父親の財産を町中の貧者にばら撒き始める。


  自分の力ではもはやフランチェスコの突飛な言動を抑えきれなくなった父ピエトロは、フランチェスコを教会へ連れて行く。絢爛豪華な教会の広間で豪勢なメニューに手をつけようとしていたグイード司教は食事の最中に父子の痴話げんかに付き合わされたことで不機嫌そうに彼らの前に現れた。

  現れた司教と集まった民衆たちに向かって、ピエトロは訴える。「私はできるだけのことを…。何の不自由もなく育てました。皆も知ってます。何もかも与えてやったのに…。突然、私の財産を窓から投げ捨て金庫の中身までどうでもいい奴らに投げ与えた。」悔しそうな表情を浮かべ「息子のために捧げた長い年月の苦労も、水のアワ…」ピエトロは泣き崩れる。
  グイード司教はピエトロの様子を見て憐れみ、フランチェスコに向かって言う。「当人はそれに何と答えるのか?分かっているはずだ。確立した体制への反逆を教会は認めない。お前のような男は社会への脅威。犯罪者だ!」
  フランチェスコは司教の強い言葉に触発されて応える。「光明を求める者です。闇に悩む者…。私は闇に…。だがブラザー・サンが私の魂を照らし、今は、すべて明瞭です。あなたが聖職を決心された日のように…。」
  グイード司教の顔が歪む。「では、聖職につきたいのか?」
  フランチェスコは驚いた表情で、「私が…?そんな資格は…」と戸惑う。
  「では、何が望みなのだ?」グイード司教は訝し気に尋ねる。
  フランチェスコは自らの魂に問いかけるように、司教の問いを自らに差し向ける。そして応える。「私の望みは幸福です!鳥のように生きたい。その自由と清らかさを知りたいのです。あとは無用…無意味です。喜びのない労苦が人生なら、私は拒否します。何かもっと…。私たちは人間です。霊を持った存在です。魂、その自分の魂を取り戻したいのです。私は生きたい!野に暮らし、丘に行き、木にのぼり、川に泳ぐ。この足で大地を確かめたいのです!靴もはかず何も持たずに。召使という影も連れず。私は貧者になりたい!貧者、キリストも貧者でしたしその使徒も。その自由が欲しい。」
  堪らずピエトロが口を挟む。「ですが、貧者でも親を敬う!」
  フランチェスコはピエトロを真っ直ぐに眼差して言う。「もう息子ではない」と。「肉からは肉しか生まれず、霊は霊からのみ生まれるのです。私は今生まれ変わった。」着ている服を全て脱ぎ、裸になるフランチェスコ。脱ぎ捨てた服を父ピエトロの前に差し出しながら歩み寄る。「すべてをお返しします。あなたの衣類。あなたの富を。もう父も子もない。家を捨て、兄弟を捨て、父を捨て、母を捨て、子を捨て、畑を捨て。天なる父を求める者は次の世で100倍も報われる。」

 

  丸裸で町の城壁のアーチをくぐり抜け、フランチェスコはまるで大空を羽ばたく鳥のように両腕を広げる。目の前には広大な平原の広がり。そして天にはBrother Sunが燦々と輝いている。